日本たべもの総覧

日本たべもの総覧(1)

白米食【はくまいしょく】

白米

白米食では、昔から主要な穀物5種をさして五穀と呼んできた。五穀には、米・麦・黍(きび)・粟(あわ)・大豆をあげる場合と、米・大麦・小麦・大豆・小豆をさす場合があるが、いずれにせよ米は必ず含まれる。つまり米こそが日本の代表的穀物であり、日本人の主食の中心であったのである。現在でもモンスーン地帯を主として、世界の3分の1以上の人々が米を主食にしているという。

もっとも古代の日本人がすべて米を食べていたわけではなく、一般人は他の穀物を多く食べていたに違いない。しかし栄養価が高く美味な米を多産するため、灌漑や品種改良などさまざまな努力の結果、多くの人の口に入ることになり、品質も著しく向上した。

飯(めし)は元来、素焼きの土器しかない時代は、強飯(こわめし・こわいい)すなわち甑(こしき)で蒸した米飯のことであったが、陶器の技術が進み、煮ることができた平安時代からは炊飯が普及した。(これは姫飯=ひめいいと称し今日のご飯に相当する)現在強飯(おこわ)といえば「もち米」を用いるが、昔は平常食としての強飯は「うるち米」であった。また米は玄米で搗(つ)くといっても、せいぜい1〜2分程度であったろう。

しかし江戸は元禄の頃から奢侈(しゃし)の風がはやり、一般の人々にも次第に白米を口にするようになった。白米は玄米を白く搗き上げたもので精白米とも呼ばれるが、搗いて除く糠(ぬか)とともにビタミンBが失われる。したがって白米食を常用すると脚気(かっけ)などビタミンB欠乏症に陥りやすい。この症状を「白米病」ともいうが、白米食の際は副食にビタミン類を摂るよう心掛けることが必要である。

赤飯・白強飯【せきはん・しろこわいい】

赤飯

強飯はもともと白強飯が普通で、何か事があった場合に小豆を混ぜて赤飯とした。しかも元来は凶事の際に赤飯を用いていたが、縁起直しの意味から転じて吉事に用いられるようになり、今日では吉事の際は赤飯と考えて誰も疑う者がいないほどである。なおこのように変化したため凶事の際には白強飯、またはその上に蒸した黒大豆をのせることも行われた。

玄米食【げんまいしょく】

玄米

稲の実の籾殻(もみがら)を取っただけで搗いていない米を玄米といい、搗いた白米に対して黒米(くろごめ)とも呼ぶ。玄米を搗いて白米にするとき胚芽もほとんど失われる。胚芽は脂肪と蛋白質が多くビタミンBに富む。したがって主として澱粉から成る白米に比べると、玄米の方がずっと栄養が多いことになる。白米食は平安時代に貴族が用い始めたが、江戸初期まで武士など一般の人々は玄米食が普通であった。勇将加藤清正が慶長年間に家中に示した触書(ふれがき)に「食は黒飯たるべし」と命じたことは著名である。この頃から白米を食べる武士も現れはじめたのであろう。また農民などは雑穀を主食とし、特別の日以外は米の飯は食べなかった。

現在栄養価の高い玄米食が見直されてきている。マクロビオティック(健康による長寿)という食事法は食文化研究家桜沢如一氏が考案した食生活改善のためのもので玄米食を主食として野菜を副食とする「真土不二、一物全体」を基本としている。

参考資料「日本たべもの百科」新人物往来社刊

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